宗弘は、名前だけとなっていた立山山案内人組合が、村の若い連中を中心に立山ガイド協会として再編された時、
請われて初代会長に就任した。
 ちょうどその頃、急逝した親友の富男が置き土産のように残していった、「ネパールのシェルパとの交流」に、村の
有志として強く関わっていた、和起等若い連中の要請を受けて、安治、栄治、三義、定芳、央元等のガイド協会長老
連中と共にネパール、クンブー(エベレストサイト)を訪れた。
 この立山ガイド長老連のクンブー訪問は、先方のシェルパ達を痛く感動させ、その翌年立山、クンブーの両地域
は両地区の学校を核とした友好提携をしたのである。
 安治と二人ヒマラヤの山々を眺める宗弘。後ろはクォンデピーク、シャンボチェにて。
 写真前列左より、下田健一氏
(田部井淳子エベレスト登頂時の同行カメラマンで、宗弘とは古い友人)岩峅義博氏(オンエアーとやま社長)宗弘、安治。
 安治の後ろは富男の長男、高男。


 このヒマラヤ行には和起がガイドとして同行したが、テレビ局もまた同行した。
 インタビューを受ける宗弘。右奥の二人はインタビュー待ちの三義、安治。

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