山小屋の経営から一端離れた宗弘は、黒部の谷でかしましい槌音がとどろき渡る世界に飛び込んだ。
 昭和四十年の事である。
 この頃、立山アルペンルートの工事が着手され、黒部の谷には仕事が溢れるほど有った。
 特殊な山岳工事の世界では、山小屋でも宗弘を助けた音二郎のボッカとしての実力が、また宗弘を助けた。
 宗弘の率いる山の専門家集団は、水を得た魚のように、黒部の工事現場で活躍した。
 宗弘は、昭和53年に又剱御前小舎の経営を始めても、この請負業を止めることなく、剱御前小舎は長男
和起に任せ、還暦を過ぎるまで継続していた。

 昭和四十三年頃。黒部湖畔の現場事務所付近。

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