2013山里から(小屋閉め後) 親爺も生活の拠点が芦峅寺に戻り、来春まで山里暮らしになりました。
                             で、これからしばらくは、山里のくらしのあれこれを、写真で掲載して参ります。
                                                       2013/10/26 剱御前小舎 親爺
                                                     
                                                       2013/12/29最終更新



12/29
 新雪を纏った大日が姿を現した。


12/28
 こんな朝だ。現在の積雪は60cmあまりだろうか・・・・・。


12/27
 昨日買い物に出た時に剱が見えた。天気周りを見ると今年最後の剱の姿かな、と、写真を撮った・・・。


12/25
 山里から見上げる大日はすっかり厚い雪に覆われている。


12/21
 社会法人立山福祉会の老人介護施設、竜ヶ浜荘の正面には剱岳が正面に見える。
 嘗て南極にまで足跡を残し、この山々を駆け巡り、多くの遭難救助にも活躍した我が家の爺様も、米寿を迎えた今はここでお世話になっている・・・・・。


 昨日の晴れ間に、新雪に覆われた姿を見せた立山の山々。


12/20
 山里の雪の朝。


12/18
 雪上がる・・・。


12/16
 雪景色ばかり続くが、山里の雪景色は未だ三月余も続く・・・・・。
 この軽やかに空から舞い落ちてくる白い物が、何と重苦しく冷たいことだろう。


12/14
 一昨日とほぼ同じアングル。積雪が増えた・・・・・。


12/12
 雪が降り積もる。師走半ばにさしかかった山里の朝。


12/10
 冬枯れの田の彼方に雪の立山連峰がぞびえる。


12/8
 不動山は昨夜ちらついた小雪で白くなったが、朝日に靄が立ちはじめた。


12/6
 冬枯れの立山町の在。立山町は富山平野の東の外れから我が山里、そして立山の山岳地帯までを含む。
 立山の山岳地帯は、一次産業など期待できぬ不毛の地、しかし平野部は水田の単作地帯、豊かな穀倉地である。


12/2
 山里に雪が舞う。このくらいなら誰も驚かぬが・・・・・。


11/30
 不動の山も真っ白。


11/28
 旧立山往来から焔魔堂へ向かう参道石段脇に不動様の祠がある。紅葉が赤く染まりきり、冬の訪れを告げる。


11/26
 大荒れの昨日、立山も怪しげな雲が走っていた。


11/25
 我が家の近所にある閻魔堂。その前庭には僧の墓が並ぶが、閻魔堂は無住で、村が管理をしている。


11/23
 戦前はこの千垣駅が立山最寄りの駅だった。
 この千垣駅で、芦峅寺の立山ガイドの出迎えを受けた登山者が、眺めただろう立山の勇姿がこれだ。


11/22
 今年も妙念坂の紅葉が真っ赤になり、初冬の雨に濡れ震えている。


11/17
 立山の天気を知るのに、この鍬崎山を見る。独立峰で、日本海からの影響をもろに受ける山だからである。
 標高2090m、薄い雪衣を纏っている。


11/8
 有峰を越え飛騨に入り、跡津川にそって神岡に向かう。その途中、川沿いの紅葉。日本には未だ未だこんな景色が数多ある。


11/7
 不動山の東南面にある円城寺壁辺りは見事に色付いている。一昨日(11/5)の撮影。


11/6
 山里に秋が下りてきて、村内のモミジは真っ赤になった。


 立山から山里に秋が下りて、立山には冬が来てしまった・・・・・。


11/4
 親爺部屋の窓から辺りを見回すと、山里はすっかり晩秋の彩りとなっていた。


10/31
 山里の芦峅寺集落は常願寺川の河岸段丘に位置し、北側には山が迫り富山平野を見ることが出来ない。
 しかしその北側の山に登り、猿ヶ馬場(サルガバンバ)と呼ばれる辺りからは、富山平野、富山湾が望める。
 昭和20年8月1日夜、富山は米軍の大空襲を受けた。
 芦峅寺の北山の向こうが、不吉な紅い色に染まっていた。その時、働き盛りの若者を全て兵役に取られ、老人と子供しかいなかった我が山里では
あったが、富山の町の異変は頭上を飛ぶ、B29の爆音で察知された。
 「こりゃあえらいことになったじや・・・。」と、若かりし日には立山を駆け巡り猟を生業としたこともある、何人かの長老連中がこの猿ヶ馬場に、村田
銃や、先込めの管突き銃を持って集まった・・・・・。
 足下に見える富山の町は、米軍の無慈悲な焼夷弾で真っ赤な地獄の炎に包まれていた・・・。
 「ありゃ〜かわいや(ああ、かわいそうに)。とやまのしゅうなもえらいめにあわせて(富山の人達をむごい目に遭わせで)。あの餓鬼ぁ堪忍されん。」
 長老連中の憤りや悔しさは如何ばかりだったろうか。得意の銃を高度数千bを飛ぶB29に向け撃った。何発も、何発も撃った。しかし、その古い銃
から打ち出された弾丸は決してB29には届かなかったし、長老達の怒りすらも米軍には届かなかった・・・・・。
 こんな無念な話が残る猿ヶ馬場だが、今はその昔を悼んで打ち上げられる、富山の八月一日の納涼花火大会の花火が、ここから見える。


10/30
 今朝の大日は雪が少なくなっている。


10/28
 冠雪した立山を木の間越しに見る。


 林道をドライブしていると山鳥の雌がうろうろしている・・・。新児(シンコ・・・このシーズンに生まれたばかりの若い鳥)だろう。人をあまり恐れない。


10/26
 今朝も雨。ここしばらく天候は優れない・・・。でも暖かい。
 剱御前小舎を閉めたら、山の天気があまり気にならなくなった。現金なものだ。
こんな空では外にも出られず、親爺は部屋にこもってプラモデル三昧。

 

inserted by FC2 system